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アイデンティティという落とし所

私には生まれつき、左ほっぺに大きなホクロがある。正面から見るとわからない。しかし、横から見るとその存在感は隠せない。

小学生の頃は、楽観的だった私は、小学3年生になるまで、ほとんどこのホクロについて悩むことなどなかった。むしろ、多大なる愛着とアイデンティティを感じていたと言っても過言ではない。

しかし、小学3年生になり、ある日無垢な私の横顔を指差して、男子が「おっきいホクロー!変なのー!押したらなんか出んじゃねー!」と騒ぎ立てた。衝撃すぎて、その時は無視したのだが、家に帰ってからふと男子の言葉を思い出した。

「へんなのー!」

へん?なぜ?何が?…

そこで初めて自覚した。このホクロは「普通ではない」のだ。人と違うことを自覚した瞬間の衝撃は大きく、少しショックを受けた。

次の日も男子は、ホクロを餌にヤイヤイと楽しげに攻め立てる。幼い男子特有のしつこさにイラついていた時に、友人女子たちが立ち上がった。〔ガキくさい男子に対向する時の女子の結束力はすごい。〕

友人女子たちは、担任へ言いつけた。すると、担任はおもむろに、自分の二の腕を私たちに向けて見せた。

「!!」

そこには、私のそれよりも大きなホクロが…!!続けて彼はこう言った。「ある日、先生がいつものように笛をピッと吹いたら、身体中のホクロがここ〔二の腕〕に集まって黒い大きなかたまりになっちゃったんだよ」と。彼は話しながら、笛を吹いた後にホクロが全身から集まるそぶりをしてみせ、その姿がなんとも可笑しかった。

真実かどうかはもはや関係ない。ホクロが一瞬で特別な物に変わった気がした。

以来私は「笛の合図で大集合」説を使わせてもらっている。そして左ほっぺのホクロは、再び私のアイデンティティの象徴の一つとなり、今も愛着を持っている。

これはやりすぎだと言われるかもしれないが、むしろファッション〔タトュー的な?〕の一部と位置づけ、髪を耳にかけるのは決まって左側にしている。

ホクロに悩む人は多いと思う。ホクロの位置によってからかわれ方も変わるかもしれない。けれど、別にいいのだ。ホクロで一ネタできたと思えばいい。堂々としていればいいのだ。